東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3388号 判決
原告 東代満理子
原告 東代清隆
原告ら訴訟代理人弁護士 上村眞司
被告 関順子
被告訴訟代理人弁護士 茅根勉
主文
一 被告は原告東代満理子に対し一七四万四八八四円とこれに対する昭和五〇年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告東代清隆に対し一一〇万円とこれに対する昭和五〇年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告両名のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は三分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。
四 この判決第一項はかりに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告東代満理子に対し四一六万四、八三七円、東代清隆に対し三三〇万円とそれぞれに対する昭和五〇年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
被告は昭和四九年三月一六日午後七時三〇分ころ、普通乗用自動車(横浜五五せ九一九二号)を運転中、目黒区中根一丁目二四番地先交差点の横断歩道上で、歩行横断中の原告東代満理子(以下、満理子と表示)に自車を衝突させて怪我を負わせた。
2 責任原因
(一) 被告は加害車両を所有し、運行の用に供していた。
(二) 被告は、横断者満理子がいたのに、横断歩道の手前で停止することを怠った過失がある。
3 事故の結果等
(一) 満理子が受けた直接的傷害
(1) 頭部外傷、腰部打撲、顔面擦過創
(2) 骨盤骨折・捻挫
(3) 歯牙欠損
(二) 姙娠中絶
(1) 本件事故当時、満理子は夫である原告東代清隆(以下、清隆と表示)との間の子供を懐胎していた。
(2) その判明前までに、満理子は治療のため、X線照射を受け、多量の薬物を服用していた。
(3) 事故によって母体と胎児に大きな衝撃を受け、また前記(2)のことから胎児の催奇性が心配されたため、医師の強い勧告により中絶を余儀なくされた。
(三) 入・通院
(1) 大脇病院
昭和四九年三月一六日から同年三月二〇日まで五日間入院
(2) 有馬病院
右同日から昭和四九年四月三日まで一五日間入院、翌日から翌月五月二二日までの間に九日通院
(3) 鷺沼産婦人科医院
昭和四九年四月一六日から翌月八日までの間三日通院、その間の四月二二日入院一日
(4) 斉藤歯科診療所
昭和四九年六月七日から同年一〇月八日までの間二二日通院
4 満理子の損害
(一) 治療費 五二万八二一〇円
(二) 医薬品等代金 一万二四八〇円
(三) 付添看護費 五万五八一五円
(四) 入・退・通院交通費 一万〇五二〇円
(五) 温泉療養費 二三万九四〇〇円
(六) 入院雑費 一万〇五〇〇円 一日五〇〇円の割合、二一日分
(七) 休業損害 一六万八八八一円 平均日収一二二三円、一三八日分
(八) 慰謝料 三二一万八三二二円
本件事故による受傷、これに起因する姙娠中絶によって蒙った苦痛を慰謝するため
5 清隆の損害 三〇〇万円
わが子の出生を断念させられ、これによって蒙った精神的損害の賠償として
6 弁護士費用 各原告分三〇万円
(一) 本件訴訟を原告代理人に委任した。
(二) 各原告が支払うべき弁護士費用のうち三〇万円あて。
7 結論
よって、被告に対し、原告満理子は右損害から既払分三七万九、二九一円を差引いた四一六万四、八三七円、原告清隆は右損害三三〇万円、と各金員に対する弁済期ごの昭和五〇年五月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の(一)、3の(一)の(1)、同(二)の(1)の事実、同(3)のうち人工姙娠中絶をしたことは認め、同3の(三)の事実は不知、その余は否認
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2の(一)の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、被告は本件事故による損害について責任がある。
二 事故の結果等
1 請求原因3(一)の(1)の事実は当事者間に争いがない。同(2)の事実を認めるに足りる証拠はない。同(3)の事実については、《証拠省略》によってはいまだ本件事故との原因関係を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。ところで、右検査のため、《証拠省略》によれば、原告満理子は昭和四九年三月一六日から数日の間に頭部、腰部各二枚、骨盤部一枚、さらに、これに近接した期間に頭部三枚、骨盤部一枚のX線写真の撮影を受け、また、右受傷ご六〇日の間、治療のため、各種の投薬を受け、これを服用したことを認めることができる。
2 請求原因3(二)の(1)と満理子が人工姙娠中絶したことは当事者間に争いがない。その間の事情は次のとおりである。すなわち、《証拠省略》によれば、満理子は昭和四九年三月一〇日前後姙娠したが、それがわかったのは、翌月一六日ころであったこと、満理子が漆畑医師にX線照射や薬物服用の影響如何を相談したところ、同医師は奇型児出生の危険が大きいというみかたが一般的であることや積極的に出産をすすめることができる場合ではない趣旨のことを答え、これを受けて原告夫婦は人工姙娠中絶に踏み切ったことが認められる。現在の科学的知見によれば、頭部は別としても高生殖腺線量群に群別されている骨盤や腰部撮影の場合、生殖腺や胎児に軽視できない量の放射線があたること、また、本件放射線照射時期は胎芽の分化、成長過程のなかで、非常に不安定かつ重要な時期にあたり、薬物の服用がなされたのも着床の前後からあとのことで、既に母体からの血液の供給を受けるようになった時期にかかっていること、ことに放射線は生命に対し激烈な作用を及ぼし、その影響は脳神経系に出易く、その量によっては生命を破壊することが広く知られている。原告夫婦および担当医師が催奇性を心配して人工姙娠中絶手術を選択したのはやむをえない措置といわざるをえない。したがって、人工姙娠中絶に関して生じた損害も、基本的には本件交通事故との間に因果関係が肯定される。
3 入・通院関係
(1) 《証拠省略》によれば請求原因3(三)の(1)、《証拠省略》によれば同(2)の事実と各入院期間中は付添看護を要したことが認められる。
(2) 《証拠省略》によれば、請求原因3(三)の(3)の事実を認めることができる。
三 原告満理子の損害
1 治療費 三一万六二一〇円
《証拠省略》によれば大脇病院分七万五七三〇円、《証拠省略》によれば有馬病院分二一万三九八〇円、《証拠省略》によれば鷺沼病院分二万六五〇〇円が認められる。
2 医薬品等代金 一万一二〇〇円
《証拠省略》によれば、満理子腰部打撲の影響と思われる腰痛がひどかったことが認められ、このため、腰椎用のコルセットを必要とし、《証拠省略》によれば、これを一万一二〇〇円で購入したことが認められる。このほか、一二八〇円の請求があるが、本件全証拠によるも本件事故との関係は明らかでない。
3 付添看護費 五万五六四五円
《証拠省略》によれば、大脇、有馬両病院通じて二〇日間の入院期間中、一〇日間は職業付添婦が付添い、この関係で三万五六四五円の出捐が必要であったこと、そのほかの日は同原告の母親が付添ったことが認められる。この分は一日分二〇〇〇円が相当である。なお、鷺沼産婦人科での堕胎手術に付添を要したと認めるに足りる証拠はない。
4 入・退院、転・通院のための交通費 一万〇五二〇円
《証拠省略》によってこれを認めることができる。
5 温泉療養費 二二万五六〇〇円
《証拠省略》によれば、満理子は昭和四九年四月三日から五月二二日まで四八日間は宿泊して、そのご一八日間は宿泊しないで温泉療養したこと、料金は宿泊期間中の分が二二万五六〇〇円、入浴休憩期間分が二万三四〇〇円であること、温泉療養は腰痛がひどく、医師の勧めもあったからであること、五月二二日医師は治癒と診断していることが認められ、右事実によれば、損害としては宿泊期間中の分にかぎって認めるのが相当。
6 入院雑費 一万〇五〇〇円
入院二一日分につき、弁論の全趣旨によれば一日五〇〇円の割合で認めるのが相当。
7 休業損害 九万四五〇〇円
《証拠省略》によれば、原告は実家が営む療養温泉旅館に時間制で勤めていたが、事故にあって、昭和四九年七月三一日まで欠勤したこと、事故二か月の支給合計額は六万三〇〇〇円であることを認めることができる。前述の治療経過等を考慮すると、一か月三万一五〇〇円の割合で三か月分を休業損害として認めるのが相当。
8 入・通院慰謝料 二〇万円
前述の諸事情を考慮すると、原告満理子が蒙った苦痛を慰謝するのに右金額が相当。
四 原告らに共通する損害
1 堕胎による慰謝料
《証拠省略》によれば、事故当時、原告夫婦は第一子の誕生ご適当な期間が経過したと考えて、近い時期に第二子の出生を期待し、その積りをしていたこと、姙娠判明ご、前述の事情で出生を諦め、そのごしばらくおいて第二子を儲けたことを認めることができる。右事実によれば、事故のことがなかったならば、その時既に懐胎されていた胎児もまた無事出生し、本件の父と母はこれを喜び迎えたであろうことを疑いえない。出生前の子供は母体内にあっても母体とは別個の生命体であって、その生命は両親から受継いだものであることは周知のことがらである。法が胎児の生命を絶つことを手軽に考えていないこと明らかであり、胎児の生命の尊さとこれにかける両親の想いは相応の法的保護を受ける資格がある。
本件原告らがこの世に生を受けることなく絶たれていった生命に、無念の苦痛を覚えたであろうことは推測がつくから、前述の諸事情を考慮すると、これを慰謝するに、各原告について一〇〇万円が相当。
2 弁護士費用
原告らが本件を代理人に委任したことは訴訟上明らかである。各原告が支払うべき弁護士費用のうち被告が負担すべき額は、原告満理子について二〇万円、同清隆について一〇万円が相当。
五 結論
以上によると、被告に対し、原告満理子の請求は右損害合計から自認にかかる既払三七万九二九一円を差引いた一七四万四八八四円とこれに対する事故ごの昭和五〇年五月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告清隆の請求は損害金一一〇万円とこれに対する右同様の遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却する。民訴八九条、九二条、一九六条。
(裁判官 龍田紘一朗)